舌アンカーについてのあれこれ

細長い舌のような形が横たわり、その上を細い線が流れていく抽象イラスト 嚥下臨床の深掘り

医療上の注意:本記事は医療・介護専門職向けの教育情報です。嚥下訓練の適否や実施条件、個別の診断、薬剤の変更、禁食、嚥下食形態などは、主治医・歯科医師・言語聴覚士・管理栄養士など担当専門職の評価と判断に従ってください。

舌アンカーという用語を聞いたことがありますか。

舌先を硬口蓋(前歯の裏側)に押し付けたまま飲み込むと、舌先がアンカーとして働き、舌根や喉頭の動きが改善する。

舌アンカーという用語は、このように紹介されることがあります。感覚的に理解しやすく、手順も単純なので、すぐに臨床へ取り入れられそうに見える手技です。

しかし、過去の研究で明らかになっているのは、舌の接触条件を変えたときの舌根部の圧、舌骨運動、食道入口部の開大などが中心です。これらの変化と、誤嚥および摂取量の増加、肺炎の発生率などはイコールではありません。

この記事では、アンカー機能が嚥下のなかで実際にどう働いているのかを研究から確かめ、そのうえで、この概念が訓練を組み立てるときにどう使えるのかを整理します。先に言ってしまえば、アンカー機能は正常な嚥下に組み込まれた実在の働きで、それが崩れたときに何が減るかまでかなり分かっています。一方、アンカーの強調そのものを取り出して効果を検証した研究は、まだ健常者の実験と症例報告の段階です。

舌アンカーとは?

これを読んでいる皆さんは、試しに舌先の動きを意識しながら、唾液を飲み込んでみてください。

……いかがでしょう。おそらく、舌は前歯の裏側にいったん移動してから、嚥下反射が起きたのではないかと思います。

実は、健常者が嚥下を行う際、舌の前方部や側縁が硬口蓋や歯槽部に接触し、動きの土台をつくります。この固定点を利用して、舌の中央部や後方部が食塊を後方へ送り、舌根部が咽頭側へ働くという考え方が「アンカー機能」です。

つまり、舌アンカーとは、いま試していただいたとおり、飲み込むたびに前方の舌が土台になっている、その働きそのものを指します。誰に教わらなくても、私たちは毎回これをやっています。

臨床で使われる手技のいくつかは、この土台のかかり方を意識的に強めたり、装置で補ったりして、条件のほうを動かしています。研究を読むときも訓練を組むときも、どの部位が、どの程度、何によって固定されているのかを見ておくと、名前の似た手技を同じものとして扱わずにすみます。

用語内容アンカー機能との関わり
アンカー機能を強調した嚥下舌の前方部・側縁を硬口蓋へ接触させて嚥下する土台のかかり方を、患者自身の動きで強める
努力嚥下「強く飲み込む」よう指示する舌口蓋圧も一緒に高まりやすく、アンカーの強調と重なる
Tongue-hold/Masako法舌を前へ出して歯で保持し、原則として空嚥下する土台をつくらせず、舌根の後退を制限する逆向きの操作
舌抵抗訓練舌で圧センサーや抵抗物を反復して押す土台をつくる力を鍛えるが、嚥下そのものは行わない場合がある
舌接触補助床(PAP)口蓋の形を補綴装置で調整し、舌との接触を作る患者の動きではなく、口腔内の条件側から土台を補う
新人看護師
新人看護師

舌先を上につける課題なら、努力嚥下や舌の筋トレと同じように考えてよいのでしょうか?

ヨコ
ヨコ

似ている部分はあるけど、同じではないよ。まずは「どんな動きをさせた研究か」を見てから、効果を比べよう。

アンカーを操作した実験

アンカー機能を実験的に操作した代表的な研究は、1998年に報告されています。対象は健常男性8名で、5mLのバリウムを、通常どおり飲む条件、舌先を硬口蓋へ強く接触させる条件、硬口蓋につけないよう指示した条件で比較しました。反復訓練の効果ではなく、1回の嚥下中に起こる即時的な変化を見た研究です。[1]

舌根部の最大嚥下圧は、通常条件122±9mmHg、強調条件138±14mmHg、抑制条件82±8mmHgでした。アンカーを抑えると大きく低下し、強調すると上昇しています。前方の接触が、舌根部の圧産生に関わっていることが読み取れます。

下咽頭の最大圧は3条件で有意に変わらず、食道入口部の最大開大にも差はありませんでした。著者らはここから、咽頭の収縮力そのものはアンカー機能の影響を受けないと述べています。一方、咽頭後壁の最大収縮波高と、舌根と咽頭後壁の接触時間、喉頭閉鎖時間、食道入口部の開大時間は有意に変化しており、これは舌根の後方運動が変わったためと考察されています。前方の接触を動かすと、舌根がどこまで下がってくるかが変わる。これがアンカー機能の中身です。ただし健常男性8名が1回ずつ飲み込んだときの測定値で、誤嚥や経口摂取が変わったかは調べていません。

舌の位置と舌骨の動き

2011年の研究では、健常男性13名が、舌を通常の位置に置く条件、舌尖を上の歯の裏に押しあてる条件、下の歯の裏に押しあてる条件、どこにも押しあてない条件で嚥下しました。通常舌位と上方固定という「上方の2条件」では、下方固定や未固定の条件より舌骨変位と食道入口部の開大が大きくなりました。一方、喉頭変位には明確な差がありませんでした。[2]

見ておきたいのは、通常嚥下と上方固定のあいだに差がなかったことです。ふだんの嚥下でもすでに舌は上方で土台をつくっているので、そこをさらに意識させても上積みは出ません。この研究がはっきり示したのは、むしろ土台が外れたときに何が減るかのほうです。舌を下に置く、どこにも押しあてないという条件では舌骨変位も食道入口部の開大も小さくなり、どこにも押しあてない条件では3名に頸部突出という代償運動がみられました。

PAPを用いた別の健常者研究では、約2mm厚の基礎床を入れたときの舌根部圧77.1mmHgに対し、口蓋前方部を膨らませたPAPでは97.25mmHgへ上昇しました。下咽頭圧と、舌根部と咽頭後壁の接触時間は変わらず、食塊通過速度の差も統計学的には明確ではありませんでした(喉頭閉鎖時間は0.44秒から0.47秒へわずかに延長しています)。対象は5名であり、装置が変えた口腔内形態の効果とアンカー機能を分けることもできません。それでも、患者自身に何かをさせなくても、口蓋の形を変えるだけで舌根部の圧が動くという点は、訓練を組むうえで押さえておきたいところです。[3]

一直線の因果ではない

「舌を固定する→舌根圧が上がる→舌骨が挙上する→食道入口部が開く」と一直線に考えると、研究結果を整理しやすく見えます。実際の嚥下は、それほど単純ではありません。

健常者15名で舌口蓋圧、舌骨運動、筋電図、VFを同時に測定した研究では、舌圧の開始より前に、わずかな舌骨運動や嚥下関連筋の活動が始まっていました。舌圧の終了と舌骨が最大前上方位へ達する時点には時間的な対応がありましたが、これは複数の運動が協調していることを示す所見です。[4]

別の健常者研究でも、舌圧イベントと舌骨運動の前後関係には個人差があり、一定の順序はみられませんでした。舌圧のタイミングを、舌骨運動の代わりの指標として使うこともできませんでした。[5]

訓練の場面に置き換えると、「舌圧が上がったのだから舌骨も上がっているはず」とは読めない、ということになります。土台と、その先で起きる動きは、別々に見ておく必要があります。

舌だけでなく、呼吸、感覚入力、食塊、姿勢、全身の予備能を含めて嚥下を捉える視点は、こちらの記事で詳しく扱っています。

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新人看護師
新人看護師

舌根圧が上がった患者さんでも、むせや残留が変わらないことはあり得る、ということですね。

ヨコ
ヨコ

そう。測定値が動いたら、次は残留、安全性、食事量まで本当に変わったかを別に確かめる必要があるよ。

患者ではどこまで分かったか

患者を対象にした研究としては、嚥下障害患者34名を、通常訓練のみの群と、舌圧強化課題を追加する群へ交互に割り付けた報告があります。31名が3週間のプログラムを完遂しました。追加課題は、最大舌圧の80%で行う等尺性課題と、最大舌圧の60%を目標にした空嚥下課題の組み合わせです。空嚥下課題は努力嚥下とアンカー機能強調嚥下の双方を参考にしており、アンカーだけの介入ではありません。[6]

群間差が示されたのは、最大舌圧、嚥下時舌圧、MASAという臨床評価尺度でした。一方、嚥下障害の重症度(DSS)、食事摂取状況(ESS)、経口摂取レベル(FOIS)には群間差がなく、VFによる侵入・誤嚥や残留、肺炎、栄養、QOLは評価されていません。舌圧を目標値にした課題で、舌圧と臨床尺度が動くところまでは示された、という読み方になります。

舌抵抗訓練に関する2020年の系統的レビューでも、舌圧は改善しやすい一方、嚥下の安全性や効率に関する結果は研究間でそろっていませんでした。採用された7研究は、対象者、訓練法、評価指標が異なり、質にもばらつきがありました。[7] 舌アンカーそのもののレビューではありませんが、近い領域でも同じ距離が残っています。

嚥下に関する測定値をどこまで臨床所見へ結びつけられるかは、こちらの記事でも整理しています。

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補助量は変わる

2025年には、廃用症候群を伴う嚥下障害患者へ、アンカー機能を重視したPAPを適用した1症例が報告されました。PAP装着後には、VF上の口腔内残留、咽頭残留、食道入口部通過が改善し、経口摂取量も増えました。[8]

ただし、通常の摂食嚥下リハビリテーション、全身状態やADL、栄養状態の回復が並行しており、改善をPAPだけに帰属できる症例ではありません。さらに、回復後も残っていた隆起が構音と嚥下の妨げとなり、形態を戻すと喉頭侵入が改善した経過も記載されています。

この症例から得られる示唆は、「アンカーを強めれば強めるほどよい」ではありません。必要な補助は患者の状態とともに変わり、以前は助けになった条件が、回復後には妨げになることがあるという点です。

訓練にどう使うか

ここまでを踏まえると、アンカー機能は「やらせる課題」というより、目の前の嚥下がどこで支えられているかを読むための視点として使えます。組み立てるときは、だいたい次の順に考えます。

  • 崩れているかを見る:舌が口蓋から離れたまま飲んでいないか、下顎の開きや頸部の突出で代償していないか
  • 何で補うかを決める:舌の動きを引き出すのか、姿勢や食形態で条件を変えるのか、PAPのように口腔内の形から補うのか
  • 目標値と到達点を分ける:課題の強度は舌圧で調整してよいが、到達点は残留、むせ、摂取量、疲労で判定する
  • 即時反応を見る:むせ、湿性嗄声、複数回嚥下、口腔・咽頭残留、呼吸の乱れ、自覚的努力感がどう変わったか
  • 補助量を見直す:回復に合わせて条件を外して比較し、同じ補助が過剰になっていないか確かめる

舌圧計だけを見ない

舌圧計は、課題の強度調整や経時変化を追うために役立ちます。ただし、最大舌圧が上がったことと、食塊が適切に運ばれ、気道が守られ、残留なく飲み込めたことは別です。舌圧は評価の一部と考え、必要に応じてVF・VE、食事観察、栄養・呼吸状態などへつなげます。

無理をさせない

アンカーの強調そのものを、有害事象を主要評価項目として検証した研究はまだありません。健常者の実験で大きな問題が報告されなかったことを、嚥下障害のある患者でも安全という根拠に置き換えることはできません。実施中に咳、湿性嗄声、呼吸の乱れ、残留感、疲労、疼痛などが増える場合は、その場で「頑張らせる」のではなく、条件を外して再評価します。侵入・誤嚥や咽頭残留が問題となる患者では、必要に応じてVF・VEで変化を確かめます。

まとめ

  • 飲み込むたびに、舌の前方部と側縁が硬口蓋に接触して動きの土台をつくります。これがアンカー機能です。
  • 前方の接触を強めると舌根部の圧が上がり、舌根がどこまで後方へ動くかも変わります。
  • 通常の嚥下ではすでに土台ができているため、さらに意識させても上積みは出ません。差がはっきり出るのは、土台が外れたときです。
  • 舌圧と舌骨運動は時間的に独立して動くため、片方をもう片方の代わりの指標にはできません。
  • 患者を対象にした研究は複合的な課題や症例報告で、アンカーの強調だけを取り出した効果はまだ分かっていません。
  • 臨床では、崩れているかを見て、何で補い、何で到達点を判定するかを決める視点として使えます。

舌アンカーは、覚えて実施する手技名というより、目の前の嚥下がどこで支えられているかを読むための言葉です。土台が効いているのかを見て、効いていなければ何で補うかを決める。そう使うほうが、いまの研究とも臨床とも噛み合います。

参考文献

  1. 大前由紀雄, 小倉雅実, 唐帆健浩, 村瀬優子, 北原哲, 井上鐵三. 舌前半部によるアンカー機能の嚥下機能におよぼす影響. 耳鼻と臨床. 1998;44(3):301-304. doi: 10.11334/jibi1954.44.3_301.
  2. 熊倉真理, 馬場隆行, 堂園浩一朗, 苅安誠. 健常若年成人における嚥下時の舌位置変化による舌骨・喉頭運動と食道入口部開大に対する影響. 日本摂食嚥下リハビリテーション学会雑誌. 2011;15(2):165-173. doi: 10.32136/jsdr.15.2_165.
  3. 中島純子, 唐帆健浩, 佐藤泰則. 舌接触補助床装着が咽頭期嚥下に及ぼす影響―健常者における検討―. 日本摂食嚥下リハビリテーション学会雑誌. 2010;14(3):244-250. doi: 10.32136/jsdr.14.3_244.
  4. Hori K, Taniguchi H, Hayashi H, Magara J, Minagi Y, Li Q, et al. Role of tongue pressure production in oropharyngeal swallow biomechanics. Physiol Rep. 2013;1(6):e00167. doi: 10.1002/phy2.167.
  5. Steele CM, Sasse C, Bressmann T. Tongue-pressure and hyoid movement timing in healthy liquid swallowing. Int J Lang Commun Disord. 2012;47(1):77-83. doi: 10.1111/j.1460-6984.2011.00082.x.
  6. Aoki Y, Kabuto S, Ozeki Y, Tanaka T, Ota K. The effect of tongue pressure strengthening exercise for dysphagic patients. Jpn J Compr Rehabil Sci. 2015;6:129-136. doi: 10.11336/jjcrs.6.129.
  7. Smaoui S, Langridge A, Steele CM. The Effect of Lingual Resistance Training Interventions on Adult Swallow Function: A Systematic Review. Dysphagia. 2020;35(5):745-761. doi: 10.1007/s00455-019-10066-1.
  8. 門田千晶. 廃用症候群患者に対して舌のアンカー機能強調に重点を置いた舌接触補助床を適用した1例. 顎顔面補綴. 2025;48(1):41-49. doi: 10.34333/jamp.48.1_41.

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