骨粗鬆症やがんの骨転移で使われるビスホスホネート製剤やデノスマブ。処方した経験がある医師や、投与に関わる看護師・薬剤師は少なくないと思います。では、「薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)」と聞いて、すぐにイメージが浮かぶでしょうか。
MRONJは頻度こそ高くないものの、発症すると治療が難しく、患者のQOLに大きく影響します。そして、予防のカギは処方する側 —— つまり病院側の「気づき」と「歯科への橋渡し」にあります。今回は、病院の多職種向けに、MRONJの基本と医科歯科連携の実際を整理します。
薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)とは
MRONJとは、骨吸収抑制薬や血管新生阻害薬を使用中(または使用歴のある)患者に生じる、顎骨の壊死です。臨床的には、口腔内に骨が露出したり、骨に達する瘻孔が8週間以上持続する状態として定義されます。顎骨への放射線照射歴がなく、原発がんの顎骨転移でもないことが前提です。[1]
症状としては、歯肉の腫れや痛み、排膿、骨の露出、歯の動揺、下唇のしびれなどがあります。初期には無症状のこともあり、歯科受診で偶然発見されることもあります。

顎の骨が壊死するって、かなり怖いですね。でも正直、あまり聞いたことがなかったです。

実はそこが問題なんだよね。処方する側の認知度がまだ十分ではないという調査報告もある。発症頻度は低いけれど、起きたときの影響が大きいから、知っておく価値がある。
どんな薬が原因になるか
MRONJの原因として知られている薬剤は、大きく分けて以下の通りです。[1,3]
骨吸収抑制薬(ARA)
- ビスホスホネート製剤(BP):アレンドロン酸(ボナロン/フォサマック)、リセドロン酸(アクトネル/ベネット)、ゾレドロン酸(ゾメタ/リクラスト)など。経口・注射ともにリスクがある。特にがん治療で使われる高用量注射BP(ゾメタなど)はリスクが高い。
- デノスマブ:プラリア(骨粗鬆症用)、ランマーク(がん骨転移用)。ヒト型抗RANKL抗体。BPとは作用機序が異なるが、MRONJのリスクは同等以上とされる。
その他の薬剤
- ロモソズマブ(イベニティ):骨形成促進と骨吸収抑制のデュアルエフェクトを持つ抗スクレロスチン抗体。PP2023で新たにMRONJの原因薬剤として追加された。
- 血管新生阻害薬:ベバシズマブ(アバスチン)、スニチニブ(スーテント)など。骨吸収抑制薬との併用時にリスクが上がる。
臨床でよく見かけるのは、骨粗鬆症に対する経口BP製剤やデノスマブ(プラリア)と、がん骨転移に対するゾレドロン酸やデノスマブ(ランマーク)です。発症頻度は、骨粗鬆症向けの低用量投与で0.01〜0.1%程度と低い一方、がん向けの高用量投与では数%に達します。日本ではアジア人での発症率が欧米より高い可能性も指摘されています。[1]
なぜ「顎の骨」だけが壊死するのか
骨吸収抑制薬は全身の骨に作用しますが、壊死が起こるのはほぼ顎骨に限られます。不思議に感じるかもしれませんが、顎骨には他の骨にはない特殊性があります。[1,3]
- 口腔内に露出している:顎骨は歯を介して口腔環境に直接つながっている。口腔内には数百種の細菌が常在しており、歯周ポケットや根尖部を介して骨が細菌感染に曝されやすい。
- 骨代謝回転が高い:咀嚼による力学的負荷を受け続けるため、顎骨(特に歯槽骨)の骨代謝は他の骨より活発とされている。動物実験では大腿骨の3〜6倍の骨形成率が報告されている。骨吸収抑制薬によってこの活発なリモデリングが抑制されると、微小損傷の修復が追いつかなくなる可能性がある。
- 歯科処置や感染が引き金になる:抜歯だけでなく、歯周病や根尖病変などの慢性感染が、壊死の発症に関わるとされている。
つまり、骨吸収抑制薬の作用+口腔内の感染環境+骨の高い代謝回転、という3つの条件が重なるのが顎骨だけ、ということです。

口の中って、骨が細菌にさらされている場所なんですね。他の骨では起きない理由がわかりました。
歯周病と全身疾患の基本的な関係については、こちらの記事も参考にしてみてください。

2023年ポジションペーパーで何が変わったか
2023年、顎骨壊死検討委員会が7年ぶりにポジションペーパーを改訂しました。日本口腔外科学会を中心に、日本骨粗鬆症学会、日本骨代謝学会、日本病院薬剤師会など複数の学会が関わっています。[1]
主な変更点は3つあります。
1. 名称の変更:ARONJからMRONJへ
従来の「骨吸収抑制薬関連顎骨壊死(ARONJ)」から「薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)」に変わりました。これは骨吸収抑制薬以外の薬剤(血管新生阻害薬など)でも発症が報告されているためです。
2. 休薬は原則不要
これが最大の変更点です。以前は抜歯前に骨吸収抑制薬を休薬することが推奨される場面がありましたが、2023年版では「原則として抜歯時に骨吸収抑制薬を予防的に休薬しないことを提案する」と明記されました。委員会がシステマティックレビューを行った結果、休薬がMRONJ予防に有意な効果を示す証拠はありませんでした。むしろ、休薬中に骨折リスクが上がったり、感染が進行したりするデメリットが懸念されています。[1]
特にデノスマブは中止すると骨代謝が急激にリバウンドし、多発性椎体骨折を起こすリスクがあるため、安易な休薬は避けるべきとされています。[1]
3. リスク因子の再評価:「抜歯」から「感染」へ
従来は抜歯などの「侵襲的歯科処置」がMRONJの最大のリスクと考えられていました。しかし2023年版では、根尖病変、歯周病、顎骨骨髄炎、インプラント周囲炎などの「感染性歯科疾患」の存在こそがリスクの本体であり、抜歯はMRONJを発症させるのではなく「顕在化させる」にすぎないという見方に変わりました。つまり、抜歯前にすでに潜在的にMRONJが始まっているケースがあるということです。[1]

休薬しなくていいんですか? 抜歯の前にはBP製剤を止めるものだと思っていました。

以前はそう言われていたね。でもエビデンスを見直した結果、休薬のメリットが確認できなかったんだ。むしろ休薬で骨折リスクが上がるデメリットの方が問題になった。大きな方針転換だよ。
病院側に何ができるか — 処方する側の役割
MRONJの予防では、処方する側の関与が非常に重要です。ポジションペーパー2023でも、「骨粗鬆症治療を開始する患者は原則として全例が歯科スクリーニングの対象」と明記されています。[1]
具体的には、以下のような場面で病院側の気づきが求められます。
処方開始前
- 骨吸収抑制薬を新たに処方する際に、歯科受診歴を確認する。1年以上歯科受診がない、かかりつけ歯科がいない患者は特に要注意。
- 投与開始の少なくとも2週間前までに歯科受診を完了させるのが理想。歯科では、予後不良歯の抜歯、歯周病治療(スケーリングなど)、義歯の調整、セルフケア指導を行い、感染源を可能な限り取り除いておく。[1]
- 処方の必要性や緊急性を含めた診療情報提供書を作成し、歯科に紹介する。無歯顎の患者でも、不適合義歯や残根・埋伏歯が感染源になりうるため、紹介が必要。[1]
処方中
- 定期的な歯科受診の継続を促す。
- 患者から口腔内の痛みや腫れ、歯の動揺、しびれなどの訴えがあった場合に、MRONJを鑑別に含める。
- 歯科治療が必要になった際に、使用中の薬剤情報(薬剤名、用量、投与期間)を歯科に正確に伝える。注射薬はお薬手帳に記載されていないことがあるため、注意が必要。
PP2023では、医師・歯科医師に加え薬剤師の連携(医歯薬連携)も重視されています。薬剤師は処方内容の確認、お薬手帳を通じた情報共有、そして患者への説明において重要な橋渡し役を担います。[1]
ある調査では、骨吸収抑制薬を処方する医師の約92%がMRONJのリスクを認知していたものの、処方前に歯科受診を紹介する医師は約48%にとどまっていました。認知と行動の間にギャップがあることが示されています。[2]
医科歯科連携の制度的な背景や、STが関わる場面については、こちらの記事でも扱っています。

MRONJは「治癒可能な疾患」へ
PP2023でもう一つ重要な変化があります。以前はMRONJの治療目標は「症状の管理」に近い位置づけでしたが、近年のエビデンスから「治癒」を目標とすることが望ましいと明記されました。ステージ2・3でも外科的治療(壊死骨の切除)を行うことで治癒が期待でき、保存的治療よりも成績が良好であるとする報告が多数蓄積されています。[1]
つまり、MRONJは「発症したら終わり」ではなく、適切な口腔外科的介入で治癒が見込める疾患です。だからこそ、早期発見と適時の歯科紹介がますます重要になっています。
「抜歯が怖いから歯科に行かない」を防ぐ
MRONJに関してもう一つ重要な視点があります。それは、「顎骨壊死が怖いから歯科に行けない」という患者の回避行動です。
MRONJの存在が広く知られるようになった結果、一部の患者や医療従事者の間で「BP製剤を飲んでいる人は抜歯できない」「歯科治療は危険」という誤解が広がりました。その結果、歯周病や虫歯を放置したまま受診をためらう患者が出てきています。[1]
しかし2023年ポジションペーパーが示しているのは、むしろ逆のメッセージです。感染を放置すること自体がMRONJのリスクであり、必要な歯科治療を受けることの方が重要です。病院側のスタッフが正確な知識を持ち、患者に適切に説明できることが求められます。

怖いから歯科に行かない、で放置した結果、かえってリスクが上がるんですね。患者さんにもちゃんと伝えないといけないですね。

そう。「薬を飲んでいるから歯科に行けない」ではなく、「薬を飲んでいるからこそ歯科で管理してもらう」。このメッセージを、処方する側から発信できるかどうかが大事だよ。
参考文献
- 顎骨壊死検討委員会(岸本裕充ほか). 薬剤関連顎骨壊死の病態と管理:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023. 日本口腔外科学会. 2023. https://www.jsoms.or.jp/medical/4767/
- Supanumpar N, Pisarnturakit PP, Charatcharoenwitthaya N, Subbalekha K. Physicians’ awareness of medication-related osteonecrosis of the jaw in patients with osteoporosis. PLoS One. 2024;19(1):e0297500. doi: 10.1371/journal.pone.0297500
- Baghalipour N, Moztarzadeh O, Samar W, Gencur J, Volf V, Hauer L. Comprehensive Review of Prevention and Management Strategies for Medication-related Osteonecrosis of the Jaw (MRONJ). Oral Health Prev Dent. 2025;23:403-417. doi: 10.3290/j.ohpd.c_2169


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