歯周病は、世界的に有病率の高い慢性疾患の一つです。
ギネス世界記録でも、歯周病は世界で最も患者数が多い疾患として紹介されています[1]。ただし、疾患の定義や調査方法によって有病率の見え方は変わるため、ここでは「非常に身近で、見過ごされやすい慢性疾患」として捉えるのがよいでしょう。
「たかが歯茎の腫れでしょ?」 「毎日ブラッシングをしているから大丈夫」
そう油断していませんか?歯周病が見過ごされやすい理由は、以下の点にあります。
- 初期症状がほぼない: 痛みなどの自覚症状がないまま静かに進行します。
- 取り返しがつかない: 異変に気づいた時には歯を支える骨がすでに溶け始めており、最悪の場合は歯が抜け落ちてしまいます。
さらに近年の研究では、お口の中だけの局所的な問題にとどまらず、全身の健康にも深刻な影響を及ぼす「慢性炎症」の引き金になることがわかってきました[2]。
自覚症状が薄いにもかかわらず、放置すれば歯を支える組織が少しずつ傷んでいく歯周病。一体なぜ進行しやすいのでしょうか。本記事では、身近な歯周病のしくみと、その悪化に関わる細菌叢の変化について整理します。
そもそも歯周病とは?
歯周病とは、一言で言えば「歯を支える土台(歯周組織)が破壊される病気」です。
よく混同されがちですが、虫歯(う蝕)が「歯そのもの」が細菌の出す酸によって溶かされて破壊される病気であるのに対し、歯周病は歯の周りの歯茎や、歯を支えている骨(歯槽骨)が細菌の感染によって炎症を起こし、溶かされていく病気です。

虫歯とは根本的にターゲットが違うんですね。でも「歯肉炎」とか「歯槽膿漏」って言葉もよく聞きますが、これらは歯周病と何が違うんですか?

結論から言うと、どちらも歯周病の一種だよ。進行度の違いで呼び方が変わるんだ。
歯周病は、その進行度合いによって大きく「歯肉炎」と「歯周炎」の2つの段階に分けられます。この2つの最大の違いは、「元に戻るか(可逆性)、戻らないか(不可逆性)」という点にあります。
歯肉炎(ケアで元に戻る段階)
歯肉炎は、歯周病の初期段階です。歯垢(プラーク)の中の細菌によって、歯肉(歯茎)のみに炎症が起きている状態を指します。歯茎が赤く腫れたり、歯磨きの時に血が出やすくなったりします。
この段階では、炎症はあくまで歯肉にとどまっており、歯を支える骨(歯槽骨)は溶けていません。そのため、適切なブラッシングや歯科医院でのクリーニングでプラークを取り除けば、健康な状態に元に戻すことが可能(可逆性)です。
歯周炎(骨が溶けたら戻らない段階)
歯肉炎を放置し、炎症が歯肉の奥深くへと進行した状態が「歯周炎」です。
この段階になると、炎症は歯肉だけでなく、歯を支える骨にまで波及し、骨を溶かし始めます。歯と歯茎の間に深い溝(歯周ポケット)ができ、そこを住処としてさらに細菌が増殖するという悪循環に陥ります。

重要なのは、一度溶けてしまった骨は、基本的には元に戻りにくい(不可逆性がある)という点です。
なお、昔からよく耳にする「歯槽膿漏(しそうのうろう)」という言葉ですが、これは歯周炎が極度に進行し、歯茎から膿(うみ)が漏れ出ている状態を指す一般的な呼称です。つまり、重度の歯周炎のことと考えて間違いありません。
初期の歯肉炎のサインを見逃さず、不可逆的な歯周炎へと進行させないことが、歯を守る最大の防御策となります。
なぜ悪化する?カギを握る「嫌気性細菌」の正体
歯周病は、ある日突然どこかから強力な細菌が感染して発症するわけではありません。その原因は、私たちが普段「歯垢(プラーク)」と呼んでいるものの内部で、徐々に時間をかけて「熟成」されていきます。
プラークは単なる食べカスではなく、実は無数の細菌が集まってできたバイオフィルム(細菌の強固な集合体)です。歯磨きが行き届かず、このプラークが歯の表面に長く留まり分厚くなっていく過程で、細菌たちの性質がより悪質なものへと変化していくのです。

歯垢ってただの汚れだと思っていたんですけど、細菌が熟成していくなんて怖いですね。どうして放っておくと悪質な性質に変わるんですか?

プラークが分厚くなるにつれて、その奥底の「酸素の量」が減っていくことが最大の原因だよ。正確に言うと「通性嫌気性細菌」から「偏性嫌気性細菌」へのバトンタッチが起きているんだよ。
酸素を消費する「通性嫌気性細菌(つうせいけんきせいさいきん)」の暗躍
プラークが形成され始めた初期の段階では、酸素があってもなくても生きられる「通性嫌気性細菌」が主に付着します。これらは比較的毒性の低い細菌ですが、プラーク内で呼吸をして酸素をどんどん消費していくという厄介な役割を持っています。
彼らが酸素を使い果たすことで、プラークの奥深くや歯周ポケットの底は、外の空気が一切届かない「完全な無酸素空間」へと作り変えられてしまいます。

「偏性嫌気性細菌(へんせいけんきせいさいきん)」が増えやすい環境
酸素のない環境が完成すると、今度は酸素がある場所では生きられない「偏性嫌気性細菌」が爆発的に増殖し始めます。
実は、歯周組織を激しく破壊する悪玉菌の多くは、この偏性嫌気性細菌に分類されます。彼らは安全な無酸素のプラーク深部で活発に動き出し、歯茎を腫らしたり骨を溶かしたりする強力な毒素を次々と放出し始めます。
つまり、歯周病を悪化させないための最大のポイントは、通性嫌気性細菌に酸素を消費し尽くされる前に、物理的なブラッシングでプラークを破壊して取り除き、偏性嫌気性細菌の住処を作らせないことにあるのです。
知っておきたい代表的な口腔内細菌とディスバイオシス
私たちのお口の中には数百種類もの細菌が生息し、複雑な生態系である「口腔内細菌叢(フローラ)」を形成しています。ここで非常に重要なのは、歯周病が進行する際、単に「善玉菌が悪玉菌に入れ替わって乗っ取られるわけではない」ということです。

悪玉菌が増えて、元々いた善玉菌を追い出していくわけじゃないんですか?

違うんだ。細菌同士がエサのやり取りをして、お口全体を病気のネットワークに染め上げてしまう「ディスバイオシス」という現象が起きているんだよ。

歯の表面に最初にくっつくおとなしい細菌が出した老廃物(代謝産物)は、次に定着する細菌にとって格好の栄養源になります。このように、ある菌のゴミが次の菌のエサになる連鎖は、さながら「代謝産物のバケツリレー」です。このリレーが続くことで、プラークの環境は徐々に嫌気性(酸素がない状態)へと変化し、悪玉菌が生きやすい土台が作られていきます。
さらに、後から増えてくるレッドコンプレックスなどの歯周病関連菌は、周囲の細菌や環境を自分たちが増えやすい方向へ変化させることがあります。この結果、もともとは常在菌として存在していた細菌群まで、炎症が続きやすい環境に関わるようになります。
このように、細菌同士のバランスが崩れ、炎症が続きやすい状態へ傾くことを「ディスバイオシス(菌叢の異常)」と呼びます。このネットワークを構成する代表的な細菌グループを見ていきましょう。
ブルー・イエローコンプレックス:お口の常在菌(善玉・おとなしい菌)
代表的なものにActinomyces spp.(放線菌群/ブルーコンプレックス)や Streptococcus spp.(連鎖球菌群/イエローコンプレックス)などがあります。これらは歯を磨いた後、真っ先に歯の表面にくっつく初期の細菌グループです。基本的には健康なお口にも存在する常在菌ですが、彼らが作り出す代謝産物が「バケツリレー」の最初のバトンとなり、後から来る悪玉菌の住処とエサを提供してしまう側面を持っています。
Fusobacterium nucleatum(Fn菌):悪玉菌を招き入れる架け橋
Fn菌は、主に「オレンジコンプレックス」に属する細菌です。最も厄介なのはその「架け橋」としての役割です。初期の細菌(ブルー・イエロー)からの代謝産物を受け取りながら、後からやってくる非常に悪質なレッドコンプレックスを物理的に結びつけます。まさにバケツリレーの中継地点として、ディスバイオシスへの移行を一気に加速させます。

Porphyromonas gingivalis(Pg菌):レッドコンプレックスの代表格
Pg菌は、「レッドコンプレックス」の代表的な細菌です。歯周組織の破壊や炎症に関わる病原因子を持ち、周囲の細菌との相互作用を通じて、口腔内の細菌ネットワークをディスバイオシスの方向へ傾ける重要な菌として研究されています。
ちなみに、Pg菌には「FimA線毛」と呼ばれる付着用の線毛にいくつかのタイプがあり、Type I〜V(Ibを含む)などに分類されます。タイプによって「付着しやすさ」「炎症の起こしやすさ」「組織への侵入性」などが異なり、歯周病との関連の強さにも差があると考えられています。
それぞれのタイプの特徴は以下の図のとおりです。

Treponema denticola(Td菌):組織の奥へ侵入するらせん菌
Pg菌と同じくレッドコンプレックスに属する細菌です。らせん状の細長い形をしており、自ら活発に動くことができます。この運動性を活かして歯周組織の奥へ入り込み、Pg菌など他の菌と代謝産物をやり取りしながら、ディスバイオシス下の炎症や組織破壊に関わると考えられています。
歯を失うだけではない?全身にも関わる慢性炎症
歯周病は「歯茎が腫れる」「歯が抜ける」といった、お口の中だけの局所的な病気だと思われがちです。しかし近年は、歯周病が「全身にも影響しうる慢性炎症」として注目されています。

歯周病がひどくなると歯が抜けるだけじゃなくて、体全体にも悪影響が出るんですか?

その通りで、炎症を起こした歯茎の血管から全身に細菌や毒素が回ってしまうことが最大のリスクなんだ。
歯周病で赤く腫れ上がった歯茎の内部には、無数の毛細血管が走っています。歯磨きで出血するということは、血管が破綻し、そこから直接お口の中の細菌が血液中に侵入できる状態になっていることを意味します。

歯周ポケットの奥深くで増殖した嫌気性細菌(Pg菌など)や、細菌が作り出した毒素、そして炎症反応によって生まれた物質(炎症性サイトカイン)は、出血や炎症を介して血流に入り、全身へ影響しうる可能性が研究されています。
常に歯茎に炎症がある状態(慢性炎症)を放置することは、自覚症状のないまま全身の血管にダメージを与え続け、様々な臓器に持続的な負担をかけることと同義です。
近年、この「歯周病による慢性炎症」が、糖尿病の悪化、心疾患や脳梗塞、さらには誤嚥性肺炎や認知症など、数多くの深刻な全身疾患の引き金になることが次々と明らかになっています[3]。
たかがお口のトラブルと侮ってはいけません。歯周病の治療と予防は、口腔の健康だけでなく、全身疾患との関連を考えるうえでも重要なアプローチです。次回は、この「歯周病と全身疾患の関係」について、さらに詳しく解説していきます。

参考文献
- Guinness World Records 2001. London: Guinness World Records Ltd; 2000.
- Liccardo D, Cannavo A, Spagnuolo G, Ferrara N, Cittadini A, Rengo C, et al. Periodontal Disease: A Risk Factor for Diabetes and Cardiovascular Disease. Int J Mol Sci. 2019;20(6):1414. doi: https://doi.org/10.3390/ijms20061414
- Tattar R, da Costa BDC, Neves VCM. The interrelationship between periodontal disease and systemic health. Br Dent J. 2025;239(2):103-8. doi: https://doi.org/10.1038/s41415-025-8642-2



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